G7広島サミットを経て、また新たな戦争が勃発しようとしている。お好み焼きをめぐる戦争が、である。
きっかけはサミットで広島を訪れたイギリスのリシ・スナク首相が外交活動の一環で、自身もお好み焼き作りに挑戦したことだ。これをイギリス大使館が公式Twitterで紹介したところ、待ったをかけるリプライが殺到したのである。主に関西圏の人々による、それはお好み焼きではないというものだ。
「広島焼き」はタブー扱いに
果たして「お好み焼き」の本場が広島か大阪かという問題はいったん置いておこう。ここで注意しなければならないのは関西派の人々が盛んに「それは広島焼きである」と発言していることだ。
「広島焼き」とは絶対タブーの言葉である。筆者はこれまでも取材を何度も訪れているが、そのたびに広島出身者から釘を刺されることが二つある。もしも巨人ファンならば、それを絶対に口に出してはならないこと。そして、間違ってもお好み焼きを「広島焼き」と呼んではならないということ。
ある広島人からは、「もし流川(市内の歓楽街)あたりで、この二つを口にしようものなら生きては帰れない」といわれたことも。実際に試した人は聞いたことないのでホントかどうかはわからない。
NHKの番組で起こった“事件”
ただ「広島焼き」という呼称を広島人が絶対に容認しないのは事実である。2016年には、それを象徴する事件が起きている。
この年の9月、NHK総合テレビのバラエティ番組『サラメシ』で広島が特集された。この番組の冒頭で広島名物を紹介する中で、お好み焼きの映像に「広島焼き」というテロップが挿入された。結果、この番組を観た広島の視聴者からは「広島焼きなんてものはない」と抗議が殺到してしまったのである。これを受けて、NHKでは再放送の際にテロップを「お好み焼き」に修正する対応を取ることになった。
SNSを検索してみると広島風お好み焼きをさして「広島焼き」と呼んでいる人はけっこう多い。しかし、全国で広島人だけはキレるのである。
いったいなぜ広島人は、そんなに「広島焼き」という呼称にキレるのか。まずは、このはた迷惑な「広島焼き」という呼称を誰がいつ生み出したかということである。
新聞・雑誌を丹念に調べたところ、この言葉が登場するのは1980年代前半からである。同時期には「広島風お好み焼き」という言葉も生まれている。
そもそも、それ以前には広島のお好み焼きを扱った記事というものが存在しない。現在でこそ広島のお好み焼きは全国的なグルメだが、1980年代までは広島人しか知らないマイナーなグルメだったのである。
そんな地方のマイナーな存在だったお好み焼きが県外へと進出する時に「広島焼き」「広島風お好み焼き」という二つの呼称が発生したようだ。
では、誰が広島人がキレる「広島焼き」という迷惑な呼称を生み出したのか。造語の主は判然としないが、いくつもの状況証拠が広島人自身が生み出した言葉であることを教えてくれる。
広島人が「広島焼き」と呼んでいた物産展
例えば、『中日新聞』1991年10月4日付朝刊では、名古屋で開催された「全国有名駅弁・寿司とうまいもの大会」が報じられている。この記事には、こんな記述が。
=====
「広島焼き」(広島)など、二十二種類の駅弁や特産品の実演販売コーナーも設けられ、にぎわった。
=====
これは、広島人自身が自分たちのお好み焼きを「広島焼き」と呼んでいた証拠ではなかろうか。さらに広島人自身がポジティブに「広島焼き」という言葉を用いている事例はないものか調べてみると……あった。
21世紀になるまでは許容していた?
『暮らしの手帖』1998年10月号に掲載された「広島焼きと峯吉さん」という4ページの記事だ。ここでは、広島市の瀬野出身の男性が自信の「お好み焼き」の思い出を語りレシピを紹介している。
ここで、この人物はこう語っている。
=====
ぼくは広島生まれですから、もちろん広島焼き。関東風、関西風、韓国風やイタリア風まで、いろいろ試してみましたが、なんといっても、究極は広島焼きです。
=====
やはり少なくとも21世紀になるまでは、広島人は「広島焼き」を許容していたようだ。それが、なぜキレるようになってしまったのか。
※以下リンク先で
SPA2023年06月02日